「適当」ぐらいがちょうどいい!

どーも、

MASA@渋谷のドーナツ屋

です!!

 

突然ですが、、

あなたは、遊んでますか?

 

「遊び」って生きていくために必須であり、かならず必要な事だと思うのですよ。

 

なぜかというと、

 

車を運転した事があれば分かると思いますが、

ハンドルやブレーキって、ほんの少し動かしたり、踏んだだけなら何も反応しないですよね?

これを工学的には「遊び」といいます。

 

これは人が、無意識的に少し動かしただけで、そのままタイヤが反応していたら事故になりやすいので、「遊び」があります。

 

他にも電車のつなぎ目、ガタンゴドンなる部分は、

実際には、レールとレールの間に数ミリ程度すき間があります。

 

この「遊び」も、気温の変化によって金属が膨張したり縮んでも大丈夫なように設けているのです。

 

建築物や工業製品の多くにも、余計なすき間や空間があります。

それは、この微差に対して柔軟性を持つ為に「遊び」が設計されています。

 

 

では、人間はどうでしょう。

自殺をしたり、犯罪を犯したり、鬱になったりした人がニュースになって、

近所のおばちゃんがインタビューで、

「あんなに真面目だった人がまさか、、」

みたいな、受け答えってテッパンですよね??

 

まー、本当にその人が「真面目」だったかどうかはわかりませんが、

真面目過ぎるがゆえに、
几帳面すぎるがゆえに、
神経質すぎるがゆえに、
完璧主義すぎるがゆえに、

そういう、思いも寄らない事をしてしまうのは、一理あるなと感じます。

 

それを人は「遊び心」と言ったり、「適当な性格」と言ったり、「余裕」と言ったり、色んな言い方をしますが、

人間としての「遊び」が無かったのかなと。

 

 

毎日決まった時間に起きて、

満員電車で知らないオッサンとぎゅーぎゅーになって、

うるさい上司と使えない部下にストレスが溜まり、

そんな仕事が夜中まであって、

帰って一人寂しく、もしくは家庭でも気を使う。

 

そんな毎日であればあるほど、少しの「適当さ」というか、「遊び」は必要だよなと思うのです。

 

でも、、意外と大丈夫ですよ。多少適当でもw

 

むしろ、ほんの少しのスキもない完璧な人間よりも、

多少デコボコしていても、個性のある人の方が人間味があって、親しまれたりします。

 

 

ということで、

毎日はメールを書けてない理由を「多少の遊び」という

壮大な長文の言い訳でしたww

 

 

今日はここまで!!

 

感謝と心を込めて

 

MASA

サブコンテンツ